楽器の研究には比較的熱心な方だと思うが、実際に購入するに当たってはかなりてきとーなのが、私の流儀(性格)である。ヲタクな割には意外と楽器には無頓着。しかし、このムーンの購入にあたっては、かなりいろいろ考えたのであった。
ムーンをめぐる冒険
93年のことである。当時私は、とあるフュージョン・バンドでギターを弾いていた。当時1本しかこのバンドで使えるギターを持っておらず、ボーナスが出たら、ということで購入を考え始めた。この時どんなギターを買おうと思ったかというと
「カスタム・メイド」
であった。自分だけの個性的な1本をつくろうと思ったのである。
さて、いくらカスタムといえど、ある程度の方向性を出さねばならない。そこでまず、街の楽器屋でそこらへんのギターを弾きまくるという作業を行った。そこで得られたことは以下である。
1)ストラト系のフロント+ミドルの音はカッティングに欠かせない。(ラフでシャープなカッティングとうねうねしたソロ、というのを自分の特徴としていた。)
2)アルダー材(木の種類)がいい。アッシュ(木の種類)だとドンシャリ過ぎる。
この試奏シリーズで良かったのが、アルダーのストラトだった。また、カスタム・メイドのメーカーの候補としては、ムーン、ESP、シェクター、バレーアーツなどの比較的大きいところや、松下、六弦、ラムトリックなどの小規模な工房が挙げられた。おなじみのL楽器店長K氏いわく、当店はムーンとパイプが太く当店からオーダーすればあとあとのメンテナンスも楽とのこと。また値段も比較的手頃ということでとりあえずムーンを第1候補とした。
次にどうしたかというと、プロに話を聞こうということになったのである。当時ムーンは「ファーム」という工房というかアンテナ・ショップといった店を持っていて、カスタムメイドの相談や改造、チューンアップなどを行っていた。そこに野澤さんという業界では有名らしい人がいて、友人がそこに行こうというのである。さっそく彼は、二人が各自のギターをチューンアップに出し、(当時はムーン以外のギターもいじってくれていた)ついでに話を聞くという段取りを取った。というわけで私はアイバニーズ、友人はジェフベック・シグネーチャーを持って四谷かどっか(今は場所を移した)へとおもむいた。行きの車中では、材を工場へ行って選ぼうとか、仕込むのは空気の乾燥している冬だとか、ピックアップの手巻きはやるのかなとか、ネックの握りはなんだとか、通っぽく見た目は普通でもディティールは凄いのにしたいとか、おもいっきりカスタム化の話で盛り上がった。
「ファーム」へ着くと出てきたのが、いかにもこの業界のおやじという感じの、気難しそうな野澤さんだった。とりあえず自分のギターを出すと、それを手にもとらないで「君はネックを握って弾くね。このへんをよく使うだろう。」あ、そうです。音は割と気に入ってるんです。「バスウッド(木の種類)に硬いポリウレタン(塗装の種類)だね。バランスとしてはいいんじゃない。スカッフ・ジョイント(ネックとヘッドのつなぎ方)ね。これは強度はいいけどね。」と、ここから2時間ほどギター談義というか説教というかが始まったのである。その中で野澤さんは、こういうギターが良いとは決して言わなかった。結局良い音というのは主観的なものであって、材質や作りで音の傾向はあるけれど、それは方向を近づけるだけである、といったことを論じていた。このお話は、非常に参考になった。また、質問の答も以下のようであった。
・アルダーはどうですか?
「君の好みだとそうかもしれないね。」
・指板をエボニーでは?
「ちょっと(音に)エッジが出る。」
・虎目(木目)は?
「良い場合もあるけど、やせは大きい。ネックよりボディに使った方が良い。」
・玉目は?
「ほとんど関係ない。」
・ラッカー塗装は?
「必ずしも良くない。高いし、気候に左右されやすい。頼むと4〜5カ月かかるよ。ポリ(ウレタン、標準)でもうちのは薄いからそんなに悪くない。」
・材を自分で選べます?
「できるけど・・・そこにもバーゲンの材あるよ。でも見てもわからないよ。」
・ピックアップは?
「なんでもつける。バルトリーニとトム・アンダーソン(当時輸入代理店だった)は安くつく。」
・ヴォリュームは?
「えーと、標準だとあまり良くないから、チューンアップに出してくれればそのとき取り替える。」
・スパーゼル(ペグ)は?
「少し(音が)硬くなるけどいいんじゃない。」
・フレットは?
「好み。」
・ブリッジは?
「ダイキャスト(ムーンの標準)でもいいんじゃない。プレスにもできるよ。」
といった感じで、ギターなんて何でもありというお答えなのだ。カスタム・フィーバーはあっという間に冷めていくのだった。最後には「そこにある(展示品)の弾いていったら。良かったらL楽器に卸すから。」である。しかし、カスタム・メイドしないと気が済まない。
そして、家に帰り再検討の日々を重ね、ついにカスタムオーダー書を持ってL楽器へと向う時がやってきた。カスタムオーダーの内容は以下であった。じゃじゃじゃん。
1)ペグ: シュパーゼル(ロック式)でストリングガイド無し
2)ピックアップの配線: トーンノブを弾くとフロントとミドルのハムバッキングになる
カスタムといえそうなのはこれだけだった。しかも比較的一般的な仕様であり、珍しくもなんともない。他は標準のリストから選ばれた。
3)ボディ: アルダー2P
4)ネック: メイプル、エボニー指板
5)ピックアップ: バルトリーニ V88S×3
6)色: シースルー・ブラック
こうして、空気の乾燥した1月に発注され3月に手元に来た。これも立派なカスタムである。
できてきたギターは、見た目が地味でカスタムメイドには全然見えない。音はかなり好みに近く気に入っているが、指板がフラットでカッティングはやり辛い。欠点はルックスの没個性さである。色くらい派手にしても良かったかも知れない。
その後、アーミング時のチューニングの狂いを低減することを目的とし、ブリッジがウィルキンソンに交換された。そのころ、かなりはやったパーツだ。チューニングの安定は多少いいかなー程度だ。しかし、タッチはずいぶん軽くなった。
思い入れがあるんだか無いんだかよくわからないこのギターだが、指板がフラット(400R)なのがもうひとつなじめない。フュージョンバンドもメンバーとケンカしてやめてしまった。そんなこんなで友人に売ってしまった。
楽器って難しいな。
MOON ST-168 ムーン ストラトキャスター
ボディ: アルダー2P
ネック: メイプル エボニー指板(400R)
ペグ: シュパーゼル・トリムロック
ナット: 洋白銀
ブリッジ: ウィルキンソン V100G
ピックアップ: バルトリーニ V88S
コントロール: 1V、1T
カラー: シースルー・ブラック